昭和レストレイションキャストインタビュー

インタビュアー:森元隆樹さん(三鷹市芸術文化振興財団)
写真 : WATANABE Ryuta
このインタビューは、2013年12月に恵比寿で収録されたものです。インタビュー構成内容の権利は三鷹市芸術文化振興財団に帰属します。当ウェブサイトでは、三鷹市より転載の許可をいただいています。掲載元(三鷹市芸術文化センター)

近藤芳正さんは、TVに映画に舞台にと幅広く活躍されていらっしゃいますが、パラドックス定数とのご縁はどのように始まったのでしょうか?

近藤さん

近藤割と舞台は観に行くほうなのですが、知り合いになったキャスティングプロデューサーに、私の数倍ご覧になっている方がいて、特に小劇場といいますか、若い方の舞台をたくさんご覧になっているので「どこかいい劇団あったら紹介してよ」とお願いして、幾つか薦められた舞台を観に行ったんです。そうしたら、皆それぞれに面白かったのですが、なんとなく女優さんが目立つ芝居が多かったので「男優さんが素敵な舞台って、意外と無いね」と言ったら「じゃあここを観てください」と言われてパラドックス定数の「D51-651」(2012年11月27日〜12月2日/上野ストアハウス)という作品を観に行ったのが最初です。

国鉄三大ミステリー事件のひとつである「下山事件」を扱った作品ですね。

近藤まずは脚本が非常に面白くて、難しい題材なのに、それに正面から取り組みつつも骨太なエンターテインメントになっていることに好感を持ちました。けれど得てしてそういう作品においては、役者の力量不足で役を担い切れなかったり、演出家がその世界観を舞台上にまとめ切れなかったりして、脚本に負けてしまうことが多いのに、まったくそれがなくてとても面白かったんですね。

私も拝見しましたが、シンプルなセットの中で繰り広げられる、男6人による緊張感に満ちた会話劇でした。

近藤脚本が優れている時に、それに負けない力強いリアリティを役者が表現するだけでも難しいのに、脚本に寄りかからずに、役者の力だけで構築していると感じられるシーンが幾つもあって素晴らしかったですね。
野木ありがとうございます。そう言っていただけて、本当に嬉しいです。 近藤さん 野木

作・演出の野木さんとは、その時初めて会われたのですか?

近藤観劇後にご挨拶しましたが、まさかこの硬質な舞台を女性が書かれたとは思わなかったので、びっくりしましたね。きちんとスーツを着て、実に上手に前説と後説をされていたので「この制作の方は、普段はホテルマンをやってらっしゃるのかなあ」なんて思っていましたし(笑)。その意外性は強く記憶に残っています。
野木私のほうは、まさか近藤さんが観に来ていただけるなんて思ってもみませんでしたから「おお、いきなり現れた!」って感じでしたね(笑)。

出演交渉は、そのご挨拶がきっかけで始まったのでしょうか?

近藤さん

近藤いえ、その後しばらく経ってから、劇団員の小野さんが外部出演されている舞台を下北沢に観に行った時ですね。観劇後、先のパラドックス定数を薦めてくれた知り合いに「小野君って、やっぱりすごいね」って話していたら「実は、小野君のほうからも、近藤さんにパラドックス定数に出演してもらえないだろうかと相談を受けているんだけど」と伝えられて。私としてはお声を掛けてもらえるのは有難いことなので、事務所にも相談しつつ前向きに進めたいとお返事した上で「とりあえず、一度、飲みましょう」と(笑)。で、仲を取り持ってもらって、野木さんと小野さんとお会いしてお酒を飲んで、その時に初めてじっくりお話をした訳です。

その宴席の雰囲気で、ご出演をお決めになった?

近藤いえ、まあその時には、すでに出演することは決めていましたけどね(笑)。 近藤さん

そしてその近藤さんをお迎えしての今回の作品は「二・二六事件」がモチーフとお聞きしています。

野木ずっとパラドックス定数を観てくださっているお客様から、かねてよりリクエストされていたのですが「難しいなあ、無理だなあ」と思っていたんです。だから今も、その事件自体を「すごいな」と見つめ続けているという感じでは無くて、旧陸軍青年将校が、理想に駆られてヒステリックに行動した、ある意味出来もしないことをやろうとしたその衝動を、幾つかの文献を通して、冷静に眺めているところです。

これから脚本の執筆に入られる訳ですが、今の段階で「二・二六事件」を通して、ここを核として描きたいという思いはございますか?

野木

野木ここだと思うのは“意志がまっすぐに来ている”ところ。平成の時代にのらくら生きている私からすると、意志がそのままドンと発露されている様は、率直に言って「ずるいな、ある意味すごいな、馬鹿じゃないのかな」という思いがする。言い方は難しいのですがその“匂い”が、今一番突いていこうと思っているところです。そして、そのまっすぐな意志が通じなかった時に、そのエネルギーがどこに向かって行ったのかも描けたらと思っています。

タイトル「昭和レストレイション」に込められた意味はありますか?

野木決起した青年将校たちのスローガンは「昭和維新」でした。天皇による理想的な政治を実現するためには、私利私欲に走り腐敗している政治家を討たねばならないという考えで、彼らは軍首脳を経由して昭和天皇に昭和維新を訴えていった訳です。レストレイションは“維新”という意味ですから、タイトルはまさにそのままですね。いくつか候補はありましたが、これが一番しっくりきました。

近藤さんの役は、もう決まっているんですか?

野木実は、最初に宴席でお話させていただいた際に、登場人物を挙げていったら「僕の役はこの人でしょう」と近藤さんが仰った時、私ひそかに嬉しかったんですよ。「近藤さんならきっとこの人だというだろうなあ」と思っていた通りの人物を選ばれたので。でも違うんです(笑)。
近藤えっ、そうなの?(笑)あの時否定しなかったから、今の今までその人をやるんだと思ってたよ(笑)。
野木でしょう?でも違うんですよ(笑)。

正解は?(笑)

野木お客様にはどうぞお楽しみにということで、発表は控えてもいいですか?(笑)。近藤さんですら違う人物を選ばれたくらいですから、いい意味でお客様の期待を裏切れるような配役になるのかなと思いますが、観終わった後に「なるほど、ベストな配役だったなあ」と思ってもらえる作品になればと思っています。

近藤さんいかがですか(笑)。

近藤じゃあ聞かずに、台本が届く日を楽しみにしておきます(笑)。

野木 近藤さん

近藤さんが、パラドックス定数のような若手劇団にご出演されるのは、あまり無いのではと思いますが、そのあたりどのようにお感じになっていますか?

近藤自分も若い頃は、将来を夢見て小さな劇場で芝居をしていた時期がありましたからね。だから今回も、年齢的に自分より若い人とご一緒するんだなという以外は、自分の中で特殊な場所にいるという気はしないです。面白いと思ったら出演するというだけのことなので「面白い、ぜひ出演したい」という思いが伴っていたら、帝国劇場でも小さな劇場でも、モチベーションは同じですね。だから今は楽しみで仕方ないです。いかようにも料理してほしいなあと思います(笑)。

劇団員以外の出演者としては、近藤さん以外に生津徹さんと堀靖明さんがご出演されます。

野木生津さんはパラドックス定数には7回目の出演なのですが、私の舞台では、割とその人の役回りというのが固定される傾向があるのに、珍しく生津さんは毎回、役のテイストが違うんですよね。なのに、どんな役も見事に演じてくださって、本当に頼もしいです。
生津パラドックス定数の舞台が大好きなので、作・演出家である野木さんにそう言ってもらえるのは嬉しいです。今回は……どんなテイストの役なのでしょうね(笑)。楽しみにしていますし、精一杯、役をものにしたいと思います。
生津さん
野木堀さんは、別の劇団の公演で小野さんと共演されたことがあって「パラドックスに出演したら面白いと思う」と小野さんが声を掛けた方なので、実は私、舞台上の堀さんの姿を一度も観たことがないんです。でも、なんかそこが面白いなと思って。小野さんの勘を信頼して、今回は稽古初日まで堀さんの演技を観ずに執筆して、その化学反応を楽しもうと思っています。
小野さんからお声掛けてもらった時、パラドックス定数を観たことが無かったんです。普段僕はコメディタッチの芝居に呼ばれることが多くて、割と大きな声で「ツッコミ」を入れていくという役回りが多かったので周りの噂を聞き「どうやら僕とは合わないのではないか」と(笑)。そして先日、初めてパラドックス定数の舞台を拝見したのですが「小野さんは、何を間違ったのだろう」と。「大丈夫かな」と(笑)。でも、今の野木さんの発言を聞いて、僕も腹をくくりました(笑)。素敵な化学反応を生み出せるよう頑張ります。
堀さん

さて、パラドックス定数にとって今回は4回目の三鷹での公演ですね。

野木森元さんが最初に観に来てくださったのは、中野のplan Bという小さな劇場で「Nf3 Nf6」(2006年11月30日〜12月3日)という作品を上演した時で、後に「三鷹で公演してもらえませんか」と言われた時は「あんな広いところ無理!」と素直に思いましたし、冗談を言われているのかと思いました(笑)。

第2次世界大戦末期の捕虜収容所で看守と囚人として再び出会った、若き日 に暗号作成の世界でしのぎを削った天才数学者2人の物語でしたね。素晴らしい緊張感に満ちた舞台でした。

野木パラドックス定数は未だに小さなスペースでも上演していますが、今はもう、最初ほど三鷹のホールの広さを意識することはなくなりましたね。逆に、客席が反転してホール全体を真っ平らにすると自由に客席を作れたりするので、何でもできる分だけ頭をひねる苦しみがあります。だから三鷹でやる時は「よし行くか!」と自然と気合が入る感じです。

近藤さんは、三鷹のホールに初めてご出演いただきますが、どのようなイメージがございますか?

近藤 そうですね、実は僕、結構三鷹のホールには観劇に行っているのですが、最初の感想は「なんてまあ、遠いんだ」と(笑)。逆に言うと、これだけ利便が悪い中でよく頑張って面白い作品を上演し続けているなあというのが、今の正直な感想です。でもね、慣れてくると距離は感じなくなりますよ。三鷹で舞台を観る時は、少し早めに着いて三鷹で美味しいもの食べて、観劇後は駅前でちょっと一杯飲んで帰ると(笑)。

近藤さん 野木

ありがとうございます。そう言ってくださる方が一人でも増えていただけるよう頑張ります。それでは最後に、野木さんからお客様へのメッセージをお願いします。

野木今回は近藤さんをお迎えしての公演となりますが、いつも通りのパラドックス定数でと思っています。それは頑なに何かを死守するとかいうことではなくて、奇をてらおうとせず、自分の中でしっくりくるものだけを、丁寧に作り上げていくということからぶれないという意味で。近藤さん始め、素敵な役者さんたちの力を借りて、二・二六事件をモチーフに、面白い作品を生み出せればと思っております。ぜひ、ご覧ください。

本日はありがとうございました。

まじめな顔合わせの様子 打ち合わせ風景 打ち合わせ風景 打ち合わせ風景 打ち合わせ風景 打ち合わせ風景